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ここにタイトルが入ります

デザイン&プログラミングのことも書くし、それ以外のことも書く。

愛で地球を救う24時間について思ったこと。

思ったこと

雑記ですので超個人的な意見ということでどうかひとつ。


この番組については、毎年楽しみ(といったらおかしいけれど)にしてる人もいれば、批判もそこそこあったりするようで。
僕はまあいろいろ問題はありそうだけどお金集まって役に立つならいいんじゃないかな、ぐらいに今まで思ってきました。

佐々木家がマラソン完走することで絆が深まるならいいことだと思ったし、
それを見てた人が前向きになれるならなお良いと思うし。
僕らが出資してやってる番組でもないし。


批判する人の意見としては、
 ・障がい者の人たちや困っている人たちを見世物にしているだけだ
 ・芸能人に高いギャラ払って制作費もかけて何がチャリティーだ
 ・無理やり生放送にして感動を押し付けてるようにしか見えない…
なんかがあるみたい。


確かにその気持もわかる。
「番組やめて制作費自体寄付するほうが大きな額寄付できるだろ!」とかの意見は一理あると思うし。
(本当かどうか知らないけど制作費40億って聞いたことあるな…)
いろいろなことにチャレンジする企画は本当に当人や家族のためになっているのかとかも。


今回ちょっと気持ちを記しておきたいと思ったきっかけになったのが
この記事。話題になってるみたいです。
そういうのひっくるめて色々な番組に対する意見があるのを知ったので。
8月26日(日)2 - 紆余曲折?屋久島移住19年記ーBY大久保昭二 - Yahoo!ブログ


テレビ局はもちろんバッシングを受けてます。
もし書かれているようなことが本当であれば、ですが、とても番組のテーマに沿った行いとは思えないですし、
普通に屋久島を訪れる人のマナーとしてダメなことやってた?みたいですから批判されて当然だと思います。


ただこういうことになって一番かわいそう?なのは縄文杉を見たかった彼女ですよね。
強い台風がきてるのにもかかわらず周りの大人はやめなかった。
結局縄文杉を見ることもなく、結果的には上記のような問題にもなってしまった。


契約とかイロイロあるにしろ、ものすご~く個人的な感情的な偏った意見を言えば、
テレビ局には本当に誠意のある対応を彼女にして欲しい。
もし彼女の縄文杉を見たいという気持ちが変わらないのであれば、
良い条件の時にちゃんとサポートできる人たちと一緒にチャレンジできる環境を整えてあげて欲しい。
彼女に希望を見せてあげたかったし、みんなで見たかったからやったわけでしょ。

責任が、というか、愛で地球を救いたいのであればぜひ。



こんな記事を見てしまうとどうなんかなぁ…と思ってしまったりもするのですが、
個人的には続けてってほしいなと思っています番組。
もちろん今のままでいいってことはないでしょうし、
上記のようなことは改めなきゃいけませんけど。

素人考えですが。



批判されてる理由の一つに、すっごく簡単に言ってしまえば「軽さ」みたいなものがあると思うんですよ。
アイドルが歌ったり芸能人が「募金に来ました〜♪」みたいなのとか。お祭り気分といいますか。
そういうの見てると、タダのイメージアップだろ、とか主役は誰だよ…みたいな感じになるんでしょうか。

特に、僕ら真剣な、というか緊張感のある支援(ボランティア)を地震の後からずっと見てきてるじゃないですか。
参加してるじゃないですか。
そこら辺の体験が余計この番組の「軽さ」を際だたせるのではとちょっと思っています。


でも、そういう「軽い」支援こそ日本になきゃいけないものなんじゃないかと。


日本は外国に比べて募金とかボランティアへの関心がない!みたいなこと聞きますが、
地震のあとの行動だったり支援だったりってとても無関心とは思えないものでしたよね。
(海外のことは一切知りませんが…)
あちこちでみんなが募金し、節電し、被災地へボランティアへ行き。
いざ、という時は日本人はそういうとこすごい出来るんでしょうね(^^)
(結局今まで参加できていない自分を情けなく思いますが)


…ただ、いざというとき以外ってやっぱり活発じゃないですよね多分。
それは多分日本人が真面目かつ人目を気にしやすいからなのではと。

人のために行動するときにまで責任感じちゃうんですかね。
「私がすることに意味があるのか」「これは偽善じゃないのか」「誰を助けるのが優先されるべきなのか」…


だから、そういったことを気にせずに、善いと思ったことをその勢いでやれる場ってあってもいいんじゃないでしょうか。
まさにお祭り的な。
「嵐が見れる!それと一緒に募金できて人のために役立てるかもしれない!」
最高じゃないですか。



あと、上でちょっと書きましたけど
「あんな番組作らずに制作費全部募金しちゃったほうが役に立つわ!」という意見。

確かに金額だけ見ればそっちのほうがはるかにデカイです多分。聞いたところによると、ですけど。


でもこういうチャリティーイベントの意義って金額じゃなく、
「募金したという実感」
だと思うんです。

私が募金したお金があの2億円の中に入ってて誰かの為に使われるんだ、とか
みんなが募金しようと思えば2億も集まるんだなぁとか実感できることは
参加者の「支援」に対するハードル、もっと言うと「行動」に対するハードルが下がることにつながるのではと。
ほんの少しですよ、でも普段ためらうことをやることで何かかわんじゃないかと。


ただ単にテレビ局が「数十億寄付しました!」って言っても
へぇ、すごいなと思って終わってしまいそうな気がして…


募金したことがさらなる慈善活動?につながるかもしれないし、
そうじゃなくても自分の行動や気の持ち方が変わるような体験になりはしないでしょうか。
大げさか。


地球を救うのは愛に裏打ちされた行動です。だからみんな行動しましょう!っていう意味のテーマでしょ?
違うか。



余談ですけど、この番組は
チャリティーフェスティバルだ!ってするのか、真剣な慈善活動です。ってするのか迷って
どっちつかずになってる部分がありますよね。
だから誰が主役か、何が希望か、何が愛と言いたいのか見えねぇなぁ…ということになる気がします。
そういった意味で24時間ってのは短すぎるような気もしますし、長すぎるような気もします。



まあそりゃ無いわけないでしょう、イメージアップだとか視聴率だとかテレビに映りたいとか打算的な部分は。
だけどそういうものもひっくるめてチャリティーにして形作ってしまおうというところには
しっかり善があるし心があるし愛があると思いますよやっぱり。
製作者も出演者も参加者も視聴者も。


…軽く考え過ぎかもしれませんねヽ(´ー`)ノ



※追記
ちなみに、乙武さんが番組内容に対して疑問を投げかけていました。
まだまだいろいろと考えさせられます。
Twitter(ツイッター) : 乙武洋匡さんがツイッターで暴露「24時間テレビのメインパーソナリティを断った」 | RBB TODAY (エンタメ、ブログのニュース)