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ここにタイトルが入ります

デザイン&プログラミングのことも書くし、それ以外のことも書く。

【雑記】体罰問題とかそんなんについて。

思ったこと

しょうがないことではありますけど、
ちょっと体罰問題が


これは体罰か?あれは体罰か?
例の指導者は悪い人か?いい人か?
体罰は必要か?不要か?
あれは訴えられて当然か?訴える方に問題があるのか?


みたいな感じになってきて、ぼんやりしたまま収束していきそうで怖いですね。
暴力は禁止みたいなルールができて終わり、とかなりそうで。



手を上げたことが問題になるわけではなく(もちろん過度なものはダメだけど)、
そういう行為によって選手が考えることをやめる、成長を阻害することになるのが特にダメだと思っていて、それが教育や育成の場で起きていることが問題視されるべきだと思うんです。

ただ単に何も考えずトレーニングするだけで伸びるのは
レベルの低い時期か体が成長している時期まで。

そこからは考えることによって伸びていくものだと思っています。
スポーツに限らずなんだって。



「勝負弱いのは厳しさが足りないせいだ、甘えてるんだ」みたいな意見を見かけるんですけど、
納得のない厳しさを与えるだけで精神的に鍛えられる、勝負強くなるとか思うほうが
むしろ甘えだろうと。
(頑張っていることが甘え、というわけではなくですよ)
勝負の世界で結果を出すにはそれはもうものすごいいろんなことに気を使わなければいけない。
おまけに運も大きく絡んでくる。
きっとトップレベルに近づけば近づくほどシビアになっていくんじゃないかと。

そういったものをひっくるめて納得して(覚悟というのか)、とことん考えぬくのがアスリートであり、それに付随してきたものが後々「壮絶なトレーニング」とか「汗と涙の結晶」とか言われるものだと思っていて、
いまだに「勝負弱い」→「気持ちが弱い」→「厳しさが足りない」みたいなことで片付けてしまうスポーツ関係者がいてあれ?と思ってしまいます。



体罰、というか無理やり練習をさせる・脅すという事は
選手を本来の目的から遠ざけます。
競技が楽しくない・どう評価されるだろうか・ちゃんと見てくれるだろうか…
学校教育の場や、選手強化の合宿などで、成長の一番の鍵となる
「考えること」を阻害していることが問題だと思うのです。
(その人に圧力をかけているという意識があったかどうか、は置いといて)


「体罰」というインパクトのある言葉に引きずられて、
うやむやにならないといいですね。




…なんでこんなん書き留めときたかったかというと、
私は学生時代10年間陸上競技(長距離)をやらせてもらって
全く選手としては平凡でしたけど、本当に幸せな時間を過ごせたという経験があるからです。
人とのつながりや貴重な経験などいろんなもの与えてもらいました。

今の自分があるのは本当に陸上(スポーツ)を恵まれた環境でやらせてもらったからだと思っています。
スポーツに限らず、何かに打ち込むことによって
自分と同じような、むしろもっと素晴らしい体験をする人が
たくさん増えてくれれば、と願っています。